湯治移住してからの変化を時々記録しています。
豊富町に移住して1年8カ月。
息子が温泉に入るペースは、今では週1ぐらい。
痒みはゼロではありませんが、傷はありません。色素沈着も徐々に薄くなってきています。
たまに粉吹き芋になりますが、もみもみしていると粉が落ち着きます。
私たちの仕事の自給
豊富温泉で小さく始めてみた「やきいも和」。
2025年のみえちゃん食堂から始まって、町内のイベント出店にもお誘いいただけるようになり、町の中で私の顔を見て「あ、焼き芋の!」とお声をかけてくださる方が増えました。
2026年からは、長期湯治の拠点・湯の花荘の管理もさせていただいています。
時々、息子も巻き込んで(*^^*)
そんな中で、息子の成長にも変化が見られるようになってきました。
①イベントにフル参加
昨年までは、イベントに息子を誘ってみても、「行かない。家にいる」とつれないお返事。
たとえ行ったとしても、目的を達したらすぐ「帰るか」と言い始める。
そんな状態だったのが…
「やきいも和」が町のイベントに出店することになり、準備から撤収まで(つまり早朝〜夕方までとか、朝〜夜までとか)会場にいなければいけなくなった時に

長時間なんだけど、私たち2人じゃ大変なんだよね。息子もお手伝いしてくれない? 無理?
と相談してみると

いいよ、大丈夫だと思う。
と快いお返事。やったー!\(^o^)/
息子は当日、お手伝いをしつつ、自由に歩き回り、謎解きに1人参加してみたり
ティラノレースで着順予想してみたり

スノーモービルに乗ってみたり
豊富温泉水で瓶を満たすリレーを応援しに行ったり

一人で買い食いしたり…イベントを最初から最後まで満喫。
思っていた以上に、簡単にフル参加できちゃいました。
顔見知りが増えてきたことや、実際、面白い大人が多いことを肌で感じられたからかな?と思っています(*^^*)
②湯の花荘も居場所に

湯の花荘行く?

行かない。
という会話を繰り返しながら、せっせと湯の花荘のお片付けとお掃除に明け暮れていた冬。
関東から湯治にいらした20代男子が「かまくらを作りたい」と、湯治移住した20代男子と夜頑張ってくれたのがこちら。

かまくらができて、もつ鍋会もすることになりました。

全国各地から集まった20〜80代の人たちの中に、息子も入れていただいて、お腹いっぱい食べて。

その後も、広島の方にお好み焼きの作り方を教わったり、バーベキューしたり、ごはん会に参加させていただいてます。
先日の豊富温泉100周年まつりの抽選会で、ビール1箱当たった時は「みんなで飲んで。おれ、飲めないから」と顔なじみさんにお声がけ。

皆さんに還元できるものが当たって、よかったね〜(*^^*)
③外に出る時間が増えた
湯の花荘には自転車や一輪車、バットやグローブ、バドミントンセットなどいろいろあります。
息子が外で遊ぶモチベーションには十分。

外で遊ぶのが大切なのは分かっていても、息子はそれが難しかった時期があります。
体を存分に動かせるようになった今、こういう場があることが本当にありがたいなと思います。
④校長先生とグータッチ
新年度になって、息子は中3になりました。
学校には、生徒の皆さんが下校した後、3年連続でお世話になっている担任の先生とやり取りしに、たまに2人で伺います。
先日は着任したばかりの校長先生にもお会いすることができました。
以前なら、お辞儀して終わりだったんじゃないかな〜と思うのですが…
「ゆっくり話したいんだけど、これから会議なんだ」という校長先生に、息子は「会議、頑張って!」と親指を立て、満面の笑顔。
校長先生はグータッチして、手を振りながら去っていきました。
⑤豊富町に対する見方が変わった
豊富町に移住する前は

おれは都会っ子だから。
稚内に住むならいいよ。
と言っていた息子ですが、先日、スーパーが閉店する話をしていて、こんなことを言い始めました。

豊富は都会でしょ。
稚内だって近いしさ。
40キロの距離を、近いと感じるようになったらしい。
豊富町の住みよさを、彼なりに感じての言葉なんだろうと思いました(*^^*)
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