息子に夢を自由に習字で表現してもらったら|見守る楽しさと難しさ

夢はたくさんあっていい

これは、息子が小3の時に書いた作品です。

当時、息子が学校に行かない選択をして2年目でした。

書いたきっかけ

担任の先生が
「学校でお習字をやったんですけど、息子くんはやったことありますか?」
とおっしゃって

「先生に見せてあげようか」
と思ったのがきっかけで。

「自由に書いていいからさ、久しぶりにお習字してみようよ」
と誘って。

「『夢』なんてどうよ?」
なんて言って

「え~!」
と言われながら

「ほらほら、半紙もいっぱいあるし、どんどん使っていいぞ♪」
とワクワクして、書いてもらいました。
(先生にというより、私が見たかった気がしてきた)

自分で考えて、決めて、書く

息子は
「中華の『華』ってどう書くんだっけ?」
「『兼』は?」
と文字の確認をしながら、配列も自由に考えて書いていきました。

思いがけないことをしてくれるのを
「おぉっ、そうくるか!」
「いいじゃん、いいじゃん」
とワクワクしながら見てました。
(うん、やっぱり私が見たかったんだ)

息子は「夢」を2枚書きました。
本当はもう1枚の方がバランスがいいように私は思いましたが、息子はこちらを選びました。

本人の思い>周りの思い

息子には息子の、選んだ理由がちゃんとありました。
…詳細は忘れましたけど(笑)。
筆の入り方が、こっちがいい、ということだったような。
それは確かにそうで。

私の観点と、息子の観点は、やっぱり違うんですよね。
別の人間ですから。
そこで私が折れる時「えー、こっちがいい」と心の声は騒いだけれど、「分かるよ~、でもね」となだめました。
そう、これは私の作品ではなく、息子の作品。

実は私、子どもの頃から何人かのお習字の先生と出会っています。
そして、最後に教わった先生に
「字が大きすぎて、こわい」
「もっと余白があった方がいい」
などと指導されて、お習字が楽しくなくなっちゃった経験がありまして。

バランスや余白も大切だろうけど、表現は自由だ!と今でも思っちゃっています。
(先生には先生のご厚意があったことは重々承知です、ごめんなさい)

そんな私が
「絶対こっちがいいでしょ」
とは言えないなと思ったのでした。

だからこそ、これは、息子が、自分で書き、自分で選んだ、思いがこもった自慢の書。
見れば見るほど、思い出も味もある、大切な宝物です。

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